【バスケ】ばすけの教科書。
話をしてみた。バスケの話を。
教科書は自分の中にある。
ナニと照らし合わせるか?は、それぞれの中だ。
今までにどんなバスケをして来たのか?
どんな経験をして、どういう壁を乗り越えたのか?
全ての自分が記されてる『記憶のノート』
それが”教科書”となる。
バスケの話をする時や、聞く時にソッ開く教科書。
自分のソレと他人のソレを照らし合わせて理解する。
理解する方向も人ぞれぞれ。
バスケとどういう出会い方をしているか?が重要。
まだ出会ってないのなら、はじめての出会い。
どんな性格で、どんな見た目で、どんな癖があるのか?
一生懸命に観察する事で、外郭がボンヤリ見えて来る。
このボンヤリしたモノを、ハッキリと見えるまで。
自分の中に積み上がったモノ(教科書)と照らし合わせる。
そうすれば徐々に。徐々に。
『分からない』は、記憶のノートにないモノ。
はじめて見たり聞いたりするのか?それとも忘れてるか。
その辺りで、進む方向も違って来る。
立ち止まり、元に戻り、もう一度。
そうする事で何度も何度も修正し見直した道ってのはね。
間違いのない積み重ねを生む。
そうなる前に「なんとなく」ではダメであろう。
その話をする方も、その話を聞く方もな。
なので、もう一度。
誰かに押し付けられたナニカが邪魔をする。
自分の偏った理想や妥協が邪魔をするのなら、、、。
ソレを上回る稽古で『記憶のノート』を作り込むのだ。